実験動物と味覚について

大阪大学大学院人間科学研究科行動生態学講座

山本 隆 先生

1.味覚とは
 味覚の役割は体にとって必要なものや害になるものを選別することである。味覚の特徴は、質的な認知とともに必ず情動性を伴うことである。例えば、砂糖は甘くておいしく、レモンは酸っぱくてまずい。甘いとか酸っぱい歯味の質であり、おいしい・まずいは快・不快の情動である。そして、おいしいものは好きになり、まずいものは嫌いになる。以上の機能は、ヒトに限らずすべての動物にとって基本的に同じである。

2.味を受け取るしくみ(味細胞)
 味は口の粘膜に存在する味細胞で受容される。味細胞の表面の膜には少なくとも5種類の受容部位があって5基本味(甘味、塩から味、酸味、苦味、うま味)を生じさせる代表的な物質である
.ショ糖、食塩、クエン酸、キニーネ、グルタミン酸が特異的に作用する。甘味、苦味、うま味に対する受容体はそれぞれ異なった蛋白質である。塩味はNaイオンのみを通す特異的なチャネルが関与し、酸味のもとになるHイオンは別のチャネルに作用して、陽イオンを細胞内に流入させることにより味細胞を興奮させる。

3.味を感じるしくみ(脳細胞)
味細胞が受け取った味の情報は、味覚神経を通って大脳皮質味覚野(第一次味覚野)に至り、甘い、苦いなどの味の質や強さが感じられる。さらにその情報は扁桃体に送られて、味の好き嫌いの判断やその学習が行われる。また同時に、大脳皮質前頭連合野(第二次味覚野)にも送られ、触覚、温度覚、嗅覚、視覚などの情報とも統合されて食べている物が総合的に認知される。また、好き・嫌いの嗜好性や空腹時・満腹時の嗜好性変化などもこ  の部で生じるとされている。

4.動物を用いた味覚実験法
飲食物摂取に際して、動物がその味を好むか嫌うかを判定しようとする嗜好テスト(好き嫌いテスト)と、動物がある味を別の味とその質の違いにより区別しているかどうかを調べる識別テスト(味質弁別テスト)がある。

<嗜好テスト>
 1)単一味溶液を動物に呈示してその摂取量を測定する1ビン法
 2)味溶液と蒸留水をそれぞれ別の容器に入れて対呈示し、いずれの液を好むかを調べる2ビン法
 3)さらに数多くの味溶液を同時に呈示する多ビン法(カフェテリア法)
 4)あらかじめ装着しておいた口腔内カニューレを介して術者が動物の口の中に味溶液を注入したときの口や舌、体の動きなどを観察する味覚   反応性テストなどがある。

<味質弁別テスト>
 動物にある味溶液(条件刺激)を摂取させたあとで、胃腸障害、嘔吐感など一過性に気分、体調を悪くする薬物(無条件刺激)を投与すると、この条件刺激の味を記憶し以後の摂取を嫌うようになる。これを味覚嫌悪学習という。この他、味刺激を与えたあと、胃内に糖類を注入して快感を与えると、その味刺激に対する嗜好性が高まる味覚嗜好学習がある。

5.おいしさのしくみ
 口に入れたときのおいしさは、それを飲み込んだあとも持続する。食事を終えてもおいしさの余韻は残り、満ち足りた幸せな気分となる。その持続性は脳内神経活性物質の作用によるものである。

(ベンゾジアゼピン)
 抗不安薬として広く用いられているベンゾジアゼピン誘導体には、抗不安作用や鎮静作用の他においしいものをよりおいしく感じさせる作用がある。

(麻薬様物質)
 βーエンドルフィンに代表される脳内麻薬様物質は陶酔状態を生み、嗜癖性、連用後の依存性などを生じさせる。おいしさの発現からやみつきに至る過程も類似の現象とみなされることから、体内の麻薬様物質の関与が示唆される。

(ドーパミン)
 脳内のドーパミンは摂食行動、とくに飲食物の報酬性に関係する物質である。ドーパミンはおいしさ判断に直接的に関わっている可能性は低く、むしろ報酬を積極的に得ようとする動機づけや意欲に関係する。

(オレキシン)
 視床下部外側野のニューロンが分泌するオレキシンは、甘くて好ましい溶液をより多く摂取させる脳内物質の有力な候補である。例えば、満腹でも甘くておいしいデザートが出ると、ぺろりと平らげることができる。このいわゆる別腹現象は、オレキシンが、甘いものや大好物を見ただけで脳の中に分泌されて、胃の緊張をやわらげる(受け入れ弛緩)とともに、胃の運動(蠕動運動)を活発にすることに関係する。つまり、充満した胃にゆとりが生じるのである。このゆとりが別腹であり、ここにデザートが入るのである。

6.食べものの好き嫌い
 飲食物摂取後に快感を伴うとその時食べていたものが好きになり、おいしいと思うようになるのは学習(嗜好学習)の結果である。この快感の典型的なものは食べた時の「おいしさ」である。逆に、ある食物を食べたあとで不快な経験をすると、その食物の味やにおいを記憶に留め、嫌いになる(嫌悪学習)。特に食後に吐き気を催し体調が悪くなると、一回の経験で長く強く持続する嫌悪を獲得する。これは危険物から身を守る生体防御反応とも考えられ、すべての動物において強固に獲得される学習である。関西の人には納豆の嫌いな人が多い。理由を尋ねると、においがいやだから、ネバネバして気味が悪いから、親が食べないから、といったことで、実際には食べたことがないのに嫌いなものと決めつける、いわゆる
食べず嫌いである。食べず嫌いの研究には残念ながら動物を使うことは難しい。


参考図書として
 山本 隆 「脳と味覚」 共立出版 1996
 山本 隆 「美味の構造」 講談社 2001
 山本 隆 「おいしいとなぜ食べすぎるのか」 PHP新書 2004