新しい展開を迎えるラットリソース

京都大学大学院医学研究科 附属動物実験施設

芹川 忠夫

平成14年度からラットを対象にしたナショナルバイオリソースプロジェクトが始まった。中核機関は京都大学大学院医学研究科附動物実験施設、サブ機関は(財)実験動物中央研究所、(独)理化学研究所バイオリソースセンター、徳島大学医学部附属動物実験施設、北海道大学先端科学技術共同研究センター、東京医科大学動物実験センター、島根大学医学部病理学教室、(財)動物繁殖研究所、(株)環境バイリス研究所が参画してきた。2004年2月末までに、200系統のラットが本プロジェクトに寄託された。この中には標準的な系統、自然発症ミュータント、コンジェニック系統、リコンビナント近交系、トランスジェニックラットなどが含まれている。ミュータントラット作製プロジェクトやクローンラット作製技術の発展に伴い、遺伝子変異ラットが追加されてくるであろうと期待している。現在、寄託されたラット系統の胚を採取して凍結保存する作業を進め、特定の系統については、標準的腸内細菌叢を定着させたSPFラットとして維持する体制を整えている。また、各系統のゲノムDNAを用いて遺伝多型マーカーのゲノムロプロファイルデータと、行動、学習、血圧、尿、血液などに関する特性プロファイルデータを蓄積している。このプロジェクトから、今まで知られていなかったラット系統の特性が見つかってきている。これらの新規情報は、既存の文献情報と共にホームページ(www.anim.med.kyoto-u.ac.jp/nbr)から利用できるように整備している。本プロジェクトによって、研究目的に最適なラット系統の選択・入手がシステム化されることは、ラットを用いるバイオメディカルサイエンスの基礎研究、新薬探索・先端医療の開発研究にとって大きなメリットとなる。
 次に、実験用ラットの起源および系統間の関連性についての知見を紹介する。実験用ラットの起源には、19世紀にヨーロッパ・米国において流行した Rat killing game用に繁殖されたラットに由来するものがあると思われている。一方、江戸時代に「珍翫鼠育艸」や「養鼠玉のかけはし」に愛玩動物としての鼠が登場することが知られている。ブチラットに起源をもつという岐阜の長吉ラット、気性が荒かったという春日部ラット、群馬県太田市の動物商のラットに由来するという呑竜ラットなども知られている。このようなラットの歴史を知ると、江戸時代の鼠に由来する実験用ラットが存在していないものかと興味を持たせる。ウイスター研究所の初代所長ドナルドソンは、シカゴから着任した時、4ペアのアルビノラットと日本人研究者、畑井新喜司を伴っている。実験用に多用されているウイスターラットの始まりには、畑井先生の貢献がある。ウイスターラットと野生ラットとの交配からLong-Evans系統が作製され、その後日本に導入された。この非近交系ラットから糖尿病モデルのLETL、OLETF、およびKDP、ウイルソン病モデルのLEC、さらにLE/Stm とF344/Stm間のリコンビナント近交系などが、日本人研究者によって次々と作出された。最近、ラットにおける出血傾向の原因遺伝子を同定する研究を進めていく中で、Long-Evans系統とFH系統との間に明確な繋がりがあったことを示す証拠が得られた。
 ナショナルバイオリソースプロジェクト「ラット」は、宝の山を造りあげるものと捉えている。関係各位のご助言ご支援を賜りたい。